陽光あればこそ、陰影は現れ
闇あればこそ、かつて見たと知る
あの海あの山あの人々
愛とは言えず
時には嫌悪し、時には憎み
多くは無関心
私たちは陰影で手を振り
水底の底流を静かにかき乱す
次の満潮が少し異なるように
再び海に、再び山に、再び人々に会う
別れ際に愛が生まれるのではなく
愛ゆえに別れる
――〈手を振る〉
手元にあった本をめくり、未済の卦の繋辞に「小狐汔済、濡其尾」(小さな狐が川を渡り終えようとして、尻尾を濡らす)とあるのを読みました。小狐が川を渡り損ねて尻尾を濡らすという狼狽した様子を喩えに用いるとは、なんとも生き生きとしています。水は深く、足は短い。無理に渡るのはもちろん危険ですから、少し待ちましょう。待つことができるということは、好機が目の前にあるということです。川の流れは永遠に荒れ狂うわけではありませんし、小狐も日々成長していきます。辛抱強く待ってみるのも良いでしょう。
――〈あとがき:未済、不済、唔済〉
なぜ詩を書くのか?
樊善標は、2冊半の詩集を通してこの問いに答えようと試み、今のところ次のような答えに辿り着きました。
「詩を書くか書かないか、何のために書くのか、どのように書くべきか。この時、この場所で、これらの問いは、立場の追及や反省の意味合いを帯びざるを得ません。しかし、詩に近づく過程を振り返ると、私がそれをどのように見つめ、捉え、体験し、感じてきたとしても、決して揺るぎない「一つの」論述にまとめることはできませんでした。
正直に言って、私にとって詩を書くことは純粋な好奇心からで、実践を通して他者の「異なる風景」をより深く理解したいと願うばかりです。自分の風景がどれほど異なるものになるかは、二次的、三次的なことなのです。」
――〈詩の公と私〉
大学教授の職を退いて以来、樊善標は立ち止まることなく、昨年論文集『真亦幻』を上梓した後、間もなく詩集を出版しました。本作は著者にとって2.5作目の詩集であり、これまでの作品は『力学』(1999年)と『暗飛』(2006年)で、前回の詩集出版から約20年が経っています。この20年間、詩集として出版されなかった作品は、すべて本書に収録されています。
『未済』は5つのセクションに分かれており、4つの新詩と1つの古体詩を収録。著者のこれまでの2作品の体裁を踏襲しつつ、詩作の多様な可能性を同時に示しています。
著者紹介
樊善標(ハン・ゼンヒョウ)
香港中文大学香港文学研究センター名誉研究員、中国言語文学部退任教授。研究分野は香港文学、現代散文、建安文学。学術論文集に『真亦幻――香港散文及非虚構寫作探析』、『諦聽雑音:報紙副刊與香港文學生産(1930-1960年代)』、『清濁與風骨――建安文學研究反思』、創作集に『発射火箭』、『暗飛』、『力学』など。編著に『香港文学大系一九一九-一九四九.散文巻一』、『香港文学大系一九五〇-一九六九.散文巻一』など多数。
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