「ピアノを弾く」というのにもいろいろあって、楽譜を見て、書いてある通りに正確に弾くのが好きな人もいれば、何も見ず、身体が動くままに任せて即興的に弾くのが好きな人もいます。ぼくは後者の方です。
ところが、ぼくが学んだクラシック音楽の世界では、前者のような再現的な演奏に比べて、即興という演奏のスタイルはあまり価値があるとは思われていません。それにはクラシック音楽が今までに積み上げてきた歴史が関係しているのですが、その話は長くなるのでここでは触れません。ともかく、クラシックの世界にいたぼくからすると、ぼくが身体に任せて弾く音楽は、少なくともぼく自身にとっては音楽ではなかったのです。
ぼくの中には、そのようなたくさんの「音楽になれない音楽」が、がらくたのように転がっていました。若いころには、それが誰の耳にも届かなくても、それで良いと思っていました。ところが歳を取ると、いつまでもほこりまみれのそれらをみて、なんだかかわいそうな気がしてきました。せめてほこりを拭いて、棚に置いて、だれかの目に届くようにしてあげたいと思うようになりました。
そうして並べられたこの8つの「音楽になれない音楽」には、ぼくの人生で訪れたいくつかの出来事に対する色々な気持ちを封じ込めましたが、実はぼくは、それを音楽だけで伝えることができるとは思っていません。ぼくは、ぼくを良く知るだれかが、ぼくの音楽と人生を繋げて語ってくれることで、はじめてそれが達成されると思っています。でも、それが可能な人間は、世界でぼく自身しかいないような気がしました。だから、音楽だけでは伝わり切らずこぼれていってしまうものを、自分のことばの器で受け止めることにしました。
できあがったこの作品がいったいなんと呼ばれるべきなのか。音楽作品なのか、詩集なのか、画集なのか、エッセイなのか、はたまたデジタルアートなのか、正直なところぼくにもわかりません。しかしもし、この作品中に詰め込まれた断片的なイメージを通して、最終的にその「わからなさ」まで含めた体験をだれかと共有できたとすれば、ぼくのもくろみは成功したと言えるでしょう。
欲を言えば、その過程でぼくの「音楽になれない音楽」が、音楽としてだれかの心に響いてくれるとうれしいです。
商品説明
送料とその他の情報
- 送料
- 支払方法
-
-
クレジットカード決済
-
コンビニ決済
-
d払い
-
銀行ATM振込(Pay-easy決済)
-
Alipay
-
GMO後払い決済
-
クレジットカード決済
- 返品・交換のお知らせ
- 返品・交換のお知らせを見る
- 通報
- この商品を通報




