《道迂》
一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。
万物は陰を負い陽を抱き、冲気をもって和をなす。
人の悪むところは、孤、寡、不穀にして、王公は以て称となす。
故に物或いはこれを損して益し、或いはこれを益して損す。
この作品は、芸術の道と器としての役割の間を漂っています。
芸術の道においては、いかなる用途も必要とせず、ただその意念を観じ、精神を深く探るのみ。
器としては、ペンや魔法の杖などを置く用途を考える方もいるでしょう。
果たして、その意を観じ、その姿を望み、聞き、問い、診て、天を窺い、欲を緬(おもんばか)るために生まれたのか。
それとも、器として身を寄せ、物を安んじ、世と共に移り変わるのか。
どちらがそのあるべき姿なのか、見解は人それぞれかもしれません。
複数の写真をご参照ください。
小さな作品ですので、サイズにご注意ください。
サイズ:長さ13.7cm、幅3cm、高さ4cm
彫刻材:本体は不明な木材
台座はパラグアイ産緑檀
木材には多かれ少なかれ先天的なもの、後天的なものがあり、変形によるひび割れが生じた場合は適切に補修を行います。
制作においては、人工と自然の融合を最大限に図り、その折衷点を見出すよう努めておりますが、全てを完璧にすることは困難です。
良い点も悪い点も、この素材を構成する要素であり、寛容な心をお持ちの方にご縁があれば幸いです。完璧を求める方は慎重にご検討ください。
魔剣匠:游辰遠(YCY) 作





